2010年11月18日 15:45 〜 16:45 宴会場(9階)
アントニオ・グテレス 国連難民高等弁務官

会見メモ

日本語と英語の同時通訳です。日本語は左チャンネル、英語は右チャンネル

English : Choose a right channel


グテレス国連難民高等弁務官が記者会見し、日本で始まったばかりのミャンマー難民の第三国定住プログラムや日本の難民受け入れ政策について語り、質問に答えた。


2010年9月、タイの難民キャンプから日本に到着したミャンマー・カレン民族の難民18人は東京都新宿区で生活し、日本語・文化の訓練を受けている。記者会見に先立ち、難民と会って話を聞いたばかりのグテーレス氏は「新しい人生を始めたばかりの人々は感謝の念を抱いていた。難民キャンプから活力に満ちた新宿という都市に来て、大きなショックを受けているが、同時に強い希望も持っていると感じた。日本の社会に溶け込んでほしい。アジアで最初の第三国定住プログラムが成功するよう期待している」と述べた。日本の取り組み方について「日本ではゆっくり始まり、うまくいくかどうか時間をかけてテストする。難しさや問題点を調べていくこの方法はいいアプローチだ。このプログラムがさらに広がってほしい」と評価した。また「日本は移民や異なる背景を持つ人が少なく同質的な社会だ。だからこそ、難民受け入れはチャレンジであり、政府やNGOのコミットメントと支援が求められる」と期待感を示した。


司会 日本記者クラブ企画委員 坂東賢治(毎日新聞)

同時通訳 小松達也 宇尾真理子(サイマル・インターナショナル)


UNHCR駐日事務所のホームページ

http://www.unhcr.or.jp/html/index.html


会見リポート

東京で「滅多にない瞬間」を
グテーレス国連難民高等弁務官の今秋の来日は、感慨もひとしおだったようだ。タイの難 民キャンプからミャンマーの少数民族カレン人の家族27人を、日本は今年「第三国定住」という新しい枠組みで受け入れ始めた。日本記者クラブに来る直前、 高等弁務官は都内でこの家族らと対面した。記者会見では自ずからこの問題に力が入った。

ミャンマーと言えば民主化運動指導者アウン・サ ン・スー・チーさん。民主化運動弾圧があった1988年が出発点と考えがちだ。しかし、少数民族の難民問題はそれより40年も前の1948年から始まって いる。国境沿いのタイ側にはいくつも難民キャンプが点在し、この60年間、タイ軍に囲まれキャンプ内に半幽閉状態だ。「移動はできない。仕事はない。そし て希望はない」(弁務官)状況で子を産み育て世代を重ねた。

東京で会った子どもらからは「(新しい環境への)恐れはあってもチャンスへの強い熱意を感じることができた」と弁務官は対面を振り返った。「子どもたちは新しい人生を踏み出せる」と将来への希望が生まれていることに熱い思いを隠せない。

国 連難民高等弁務官事務所(UNHCR)関係者によると、難民問題に取り組む毎日はときに「絶望感や空しさ」にさいなまれる。戦火を逃れどうにか生活の場を 確保できても、難民の目に希望を取り戻すことの難しさを感じ続けている。弁務官がこの日、都内で見たのは「難民救援活動を続けていても滅多にない瞬間」 だったという。

第三国定住は2005年から世界で始まっているが、アジアでは日本が第1号。今回はまだ試験運用だが「ぜひ成功させて規模を大きくしてほしい」と弁務官は今後の本格運用に強い期待を表明した。


時事通信外信部 松尾 圭介

ゲスト / Guest

  • アントニオ・グテレス / Antonio GUTERRES

    国連難民高等弁務官 / UN High Commissioner for Refugees

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