2016年09月08日 15:00 〜 16:30 9階会見場
著者と語る『アフガン・対テロ戦争の研究』 多谷千香子 法政大学教授

会見メモ

『アフガン・対テロ戦争の研究―タリバンはなぜ復活したのか』(岩波書店)の著者、多谷千香子氏が会見し、記者の質問に答えた。
司会 土生修一 日本記者クラブ事務局長


会見リポート

中央政府弱体化とタリバンの勢力拡大で、アフガン内戦再発を予測

土生 修一 (日本記者クラブ専務理事)

国際報道のシリア内戦の長期化、深刻化で、アフガニスタンが国際報道に登場する機会が激減した。といって、アフガニスタンが平穏になっているわけではない。多谷さんは、近著『アフガン・反テロ戦争の研究―タリバンはなぜ復活したのか』で同国の近況を詳細に紹介、「タリバンは勢力を拡大する一方で、中央政府は弱体化しており、アフガン内戦再発の可能性は高い」と警告した。

 

多谷さんは、東京地検検事でキャリアを積み、2001年から3年間、オランダ・ハーグにある旧ユーゴ戦犯法廷で判事を務めた異色の経歴を持つ。『「民族浄化」を裁く』(岩波新書)の著書もある。さらに最高検検事を経て現在は法政大学で教鞭をとっている。

 

アフガニスタンに縁のなかった多谷さんが、なぜ同国の研究を始めたのか。そのきっかけが、2008年11月のインド・ムンバイで起きた同時多発テロ事件だ。この事件では高級ホテル、駅などが標的となり160人以上が死亡した。多谷さんは、長年の検事としての経験から、この背後には国家的な大組織がいると直感したという。休暇を利用し、ムンバイまで飛び捜査関係者に会い、自力で「捜査」を始めた。その結果、パキスタンのISI(三軍統合情報機関)が背後にいることを確信、そこからISIが主要な活動対象にしているアフガニスタンの研究にのめりこんでいったという。

 

アフガン紛争の理解には、パキスタンの長年にわたるSD政策(Strategic Depth Policy)を知ることが不可欠だと多谷さんは指摘する。

 

パキスタンは建国以来、カシミールをめぐる領土問題をはじめ、インドを潜在的な敵国としている。パキスタンにとって、西隣のアフガニスタンに親インド政権ができれば、挟み撃ちになる事態となる。これを避けるため、ヒンズー教のインドとは相いれないイスラム急進派のタリバンを陰に陽に支援し、アフガンでの影響力維持を狙うのがSD政策だ。

 

9・11同時多発テロ事件で米国がアフガニスタンでの軍事行動を開始しタリバン政権を打倒、パキスタンへの協力を求めたことで状況が複雑化した。パキスタンは、米国にはイスラム過激派弾圧を約束する一方で、ISIにより裏でタリバン勢力の支援を続けてきた。こうした二重基準が「アフガン・反テロ戦争」の背後にあった。

 

米国も、タリバンを政権から追い出せば米国型民主主義が定着すると考えていたが、これは複雑な諸部族間の対立を抱えるアフガンの事情を知らない無知によるもので、事態はむしろ悪化した。現状は、滞米20年で国内基盤を持たないガニ大統領の下でアフガン中央政府の権限は弱く、他方、タリバンは中央政府の腐敗、駐留米軍への反発を抱く住民たちの支援を得て、徐々に勢力範囲を拡大している。

 

多谷さんは、「ISとタリバンとは直接関係がないが、タリバンを離れたイスラム過激派がISとの関係を強めている可能性はある。またイランと関係が深いアフガンのシーア派ハザラ人は、アフガンからイラン経由でイラク、シリアに行く可能性もある。アフガンが本格的な内戦に突入すれば、アフガン、イラク、シリアの各内戦が融合することも考えられる」と不気味な近未来を予測する。

 

多谷さんは「法律を教えるよりもアフガンを教える方が面白い。聴講してくれる学生も熱心に聞いてくれる」と語る。60歳を過ぎて、それまで未知だった複雑なアフガン情勢に取り組み、分厚い研究書をまとめあげた集中力、持続力にも敬意を表したい。


ゲスト / Guest

  • 多谷千香子 / Chikako Taya

    日本 / Japan

    法政大学教授 / Professor, Hosei University

研究テーマ:『アフガン・対テロ戦争の研究』

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