2016年02月10日 14:00 〜 15:00 9階会見場
「国連と日本人」② 大崎敬子 国連本部経済社会局統計部次長

会見メモ

国連本部で「持続可能な開発目標(SDGs)」の指標とりまとめ作業に携わる大崎敬子氏が会見し、記者の質問に答えた。
司会 倉重篤郎 日本記者クラブ企画委員(毎日新聞)
国連広報センター


会見リポート

「達成感あります」 27年の国連人生

中井 良則 (日本記者クラブ専務理事)

国連本部経済社会局統計部次長。何やら難しそうな肩書だが、気さくに27年間の国連人生を話してくれた。

 

加盟国の統計は信用できるか、と聞かれ「これはウソでしょ、と思うこと、時々あります。もう一度、見てください、って、その国とやりとりします。政治的にセンシティブな問題もあるし。わが国でこんなにエイズで死んでいるはずがない、といわれたこともあります」と答える。その上で「でも、基本的には、その国の統計局の数字を国連は信用しますので」と国際公務員らしくまとめた。

 

国連への道を進むきっかけは20歳の初めての海外旅行だった。スリランカで2週間、ホームステイした。高度成長期の日本を初めて離れて、「モノはないが楽しそうな」スリランカを知る。途上国の暮らしは「よくも悪くもショッキングな体験でした」。

 

日本を飛び出して外国を知り、貧困や開発こそ自分のテーマと思う若者は多いだろう。ただ、それに職業人生を賭けるまでに至る例はそれほど多くない。

 

大崎さんの場合は違った。大学を出て国際開発関係のNGOで働いたが、「大学院レベルの知識が必要とわかり、25歳でOL留学しまして、国連の試験を受けたら採用され、2~3年かな、と思っていたら、27年もたってしまった」。米国留学や国連採用試験、国連内部での競争など努力物語もあっただろうが、その辺には触れない。「国連は職場環境も整っているし、女性であるがゆえに気を配っていただいて。居心地がいいところです。活躍されている女性の先輩の背中を見てがんばりました」と、まさに気配りある説明を続けた。

 

それでも「いまだに英語で苦労します。特に、文書を書くことが」と漏らした。大人になって英語を身に着け、毎日の仕事で英語を使う日本人には共通する本音だろう。「日本人は以心伝心が良いとされるけれど、国連では通用しません。発信しないと、この人、能力ない、と思われる。私も英語でしゃべると主張をはっきりさせるので、夫からは『人格が変わる』といわれます」。

 

会見の前半は、いまの職場である国連統計部の仕事を詳しく説明した。むしろこちらが本題だ。昨年9月採択された「持続可能な開発目標」(SDG)を測る具体的な指標づくりが大事な任務になっている。SDGは国連が取り組む大プロジェクトであり、ミレ二アム開発目標(MDG)を受け継ぎ、今後15年間に17の目標と169のターゲットを設定した。だが、目標を達成したかどうかを判断するのは結局、統計数字。それゆえ統計部が229項目もの指標づくりに取り組むことになる。

 

「達成感、あります。途上国の健全な発展の手伝いができる。しかも、国籍が違っても志を同じくする同僚と働ける。やりがいがありますよ」

 

ニューヨーク本部で働く日本人177人のうち、女性は7割近いという。若い女性職員はロールモデルとして大崎さんの背中を毎日、見ているに違いない。

 

ゲストブックには「えん」とひらがなで書き、○で囲った。「居酒屋ののれんみたいになりましたけど。縁と円満をかけたつもりです。日本の『えん』がグローバルスタンダードになればいい」と記者たちを笑わせ、うなずかせて、しめくくった。


ゲスト / Guest

  • 大崎敬子 / Keiko Osaki

    日本 / Japan

    国連本部経済社会局統計部次長 / Chief, Demographic and Social Statistics Branch, UN

研究テーマ:国連と日本人

研究会回数:2

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