2015年12月11日 14:00 〜 15:00 10階ホール
石毛博行 日本貿易振興機構(JETRO)理事長 シリーズ「TPP」(3)

会見メモ

経産省で通商産業局長、経済産業審議官などを務めた石毛博行JETRO理事長が「戦後通商政策史からみたTPPの位置付けについて」というテーマで話し、記者の質問に答えた。
司会 軽部謙介 日本記者クラブ企画委員(時事通信)


会見リポート

日米中が動かすアジアの貿易秩序

永井 利治 (共同通信編集局企画委員)

出張先のテヘランで環太平洋連携協定(TPP)の合意を聞いた。ハワイで合意を逃し、「しばらくは難しいかな」と思っていただけに、少々意外だったようだ。通商交渉の最前線にいた経験から、各国の利害や地政学に翻弄される現実や、首脳・閣僚の人間関係に左右される難しさが言葉の端々ににじんだ。

 

2015年の「3つの奇跡」として、米国とイランの核協議合意、ラグビーW杯で日本代表の南アフリカ戦勝利、そしてTPP決着を挙げた。「TPPはこの中でいちばん可能性が高かった」と語ったが、難しい交渉だったことに変わりはない。

 

日本、中国の動きと米国のアジア太平洋戦略が、この地域の貿易秩序を動かしている。TPP交渉も日本が加わったことで、米産業界も本気になった。「安倍政権の交渉参加は、間違いなく大きなポイントになった」と強調した。

 

通商協定管理課長として1993年12月のウルグアイ・ラウンド妥結に深く関わり、グローバルな貿易秩序が世界貿易機関(WTO)から各国の自由貿易協定(FTA)に切り替わろうとする時期には、経済産業審議官として多くの交渉を担った。

 

ドーハ・ラウンドは米国とインドの閣僚が互いを非難し合った2008年夏の閣僚会議を最後に、いまも漂流している。なぜなのか。ウルグアイ・ラウンドは、目玉だった知的財産権の交渉には医薬品業界が、サービス交渉は金融界が強い関心を抱いた。「通商交渉には産業界のスポンサーが必要。ドーハ・ラウンドはそれがはっきりしなかった」と謎解きした。

 

米国、欧州連合(EU)、日本が主導していたWTOの協議は、中国、インド、ブラジル、オーストラリアの台頭でますます複雑になった。その結果、WTO以外の舞台で貿易自由化の道を探る大きな流れができたという。

 

TPPが大筋合意し、韓国、タイ、フィリピン、インドネシアも将来の参加に意欲を見せ始めた。日本や米国の企業と結び付いて成長した部品産業、食品加工などのサプライチェーンが国境を越えて域内に広がっているためだ。石毛氏は「TPPに加わったベトナムに、産業集積が移転しかねないという危機感が生まれている」と分析した。

 

貿易自由化は地政学と密接に結び付いている。中国の動向は大きな焦点だ。TPPと協調姿勢を取るのか、対立的なアプローチに向かうのか。最近は「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」を主導しようとしているが、参加国の発展段階には大きな差があり、思い切った自由化は難しそうだ。

 

「中国はものすごくTPPを勉強している。各国の例外規定を特によく見ている」という。政府調達分野などの取り決めは、中国の国有企業の手足を縛りかねない。だが中国の産業や貿易に本当に影響があると分かれば「ためらうことなく次の一手を打つ」というのが見立てだ。

 

米国ではTPPへの反対論も強く、米議会の承認は2016年11月の大統領選後にずれ込むという見方が広がっている。日本は農業の市場開放に踏み切り、国内対策を作ろうとしている。安倍政権は「攻めの農業」を唱えるが、ウルグアイ・ラウンドから20年余り経ち、高齢化によって衰弱した農村は本当に立ち直れるのだろうか。

 

貿易政策には各国の政治、外交、経済、軍事力がさまざまな形で反映される。夢や理念が目的でないことは、ケネディ・ラウンド以来の歴史が物語っている。国内政治が解決できない問題に、交渉担当者は踏み込めない。TPPも例外ではなかった。「多くの自由化協定を統合しようとしても、それには相当な時間がかかる」と語る口調に、過去の通商交渉が刻んできた陰影の深さを感じた。


ゲスト / Guest

  • 石毛博行 / Hiroyuki Ishige

    日本 / Japan

    日本貿易振興機構(JETRO)理事長 / Chairman, The Japan External Trade Organization (JETRO)

研究テーマ:TPP

研究会回数:0

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