2015年07月10日 14:30 〜 16:45 10階ホール
試写会「日本のいちばん長い日」

申し込み締め切り

会見リポート

「聖断」の意味合いを重視 戦後70年にふさわしい作品

宇治 敏彦 (中日新聞相談役)

三船敏郎が阿南惟幾陸相役を務めた同名の前作(1967年、東宝)を見た記憶はあるが、細部までは覚えていない。阿南惟茂・元中国大使(陸相の六男)は、筆者が政治記者時代の取材対象でもあったので、今回の松竹120周年記念作品でも役所広司の阿南役に視線が行きがちだった。

 

この映画のヤマ場は3つある。「昭和天皇の聖断」「玉音放送」「若手将校の反乱」。ポツダム宣言を受託するかどうかで合意できない鈴木貫太郎(山﨑努)内閣は、昭和天皇(本木雅弘)のご聖断を仰ぎ、「このまま戦争を継続することは私の望むところではない」とのご決断を引き出していく。大元帥の意向に沿うべく鈴木首相はもとより、阿南陸相も心を鬼にして本土決戦を唱える将校たちを抑えていく。

 

半藤一利氏の『日本のいちばん長い日 決定版』(1965年の初版当時は大宅壮一名で発表)を映画化した原田眞人監督は、今回の製作意図について「昭和天皇が語られた一言一言が今を生きる自分の心に深く突き刺さる」とコメントしている。英語名を「THE EMPEROR IN AUGUST」とした所以だろう。

 

昭和天皇、鈴木首相、阿南陸相の三者が心の中で深く繋がっていたからこそ陸軍の本土決戦論、若手将校の決死の反乱を抑え込めたのだろう。阿南の娘の結婚式を気遣う昭和天皇や鈴木首相に葉巻を贈る阿南の姿に鈴木が「阿南君はいとまごいに来てくれたんだね」と語るシーンは、そうした結束ぶりを裏付けている。

 

それにしても当時の切羽詰まった状況下の興奮ぶり、緊張、ある意味では狂気ともいえる兵士たちの気持ちが、現在の若者たちにどこまで伝わるだろうか。

 

東條英機元首相が若手将校たちを前に徹底抗戦を唱える場面で、「天皇陛下におかれては」というたびに、若手将校たちがピリッと直立不動の姿勢をとる。終戦時に小学校(当時は国民学校)2年生だった筆者には、学校での「(天皇、皇后の)御真影への拝礼」「皇居遥拝」といえば姿勢を正したものだが、さて現代っ子たちが、この映画をどう見るのか、感想を聞いてみたい。

 

筆者も最近、『政の言葉から読み解く戦後70年』という本を上梓したが、この節目の年に「日本のいちばん長い日」が上映される意味は大きい。宮内庁に保管されてきた「玉音放送」(戦争終結の詔書)の録音レコード盤5枚(4分30秒)が8月1日に初公開された。70年前に必死でこれを奪おうとした若手将校たち。彼らもまた「愛国者」であったに違いないが、その愛国心は冷静・客観的に考えてみると、何か大きな狂気に振り回されていたものではなかったろうか。無謀な戦争に突っ込んでいった当時の指導者たちの判断と責任を検証し、この映画が、そうした事態を再来させないための「教材」になることを願ってやまない。


ゲスト / Guest

  • 「日本のいちばん長い日」

ページのTOPへ