2011年02月01日 15:00 〜 16:30 宴会場(9階)
角幡唯介 ライター、探検家 著者と語る

会見メモ

チベット・ツァンポー峡谷の探検を書いた「空白の五マイル」(集英社)で2010年開高健ノンフィクション賞を受賞した角幡唯介さんが「著者と語る」で、執筆の動機や探検の意味について話した。


≪「いいことを声高にいう、とか、社会のために自分は書きたいとか、そういうことは新聞記者の時、いやになっちゃった。とにかくおもしろい話を書きたい」≫


角幡さんとツァンポー峡谷とのかかわりは1998年、早稲田大探検部の時、池袋の書店で手にしたツァンポー峡谷の探検史の本から始まった。「空白」と「幻」ということばにひかれ初めて現地を訪れたが、これまでの探検家が未踏に終わった空白の地までは行けなかった。大学を6年かけて卒業し、土木作業員のバイトを2年、続ける。「なぜか朝日に受かった。会社員になる前に決着をつけよう」と入社前にまたツァンポー峡谷に入った。モンパ族の家に泊めてもらい、3回にわけて一人で空白部をほとんど歩いた。

朝日新聞では富山と埼玉・熊谷で仕事をしたが2008年辞めた。「ツァンポーにまた行きたいという気持ちが強くなった。自分なりの文章で長い話を書きたい。毎週のように谷川岳に登っていると、やっぱりこっちかな、と」とそのころの思いを振り返った。2009年12月、峡谷に戻り一人で歩いた。「24日間、山の中をはいずりまわった。自分の中であとにひけなくなった」という。命からがら生還した体験は「空白の五マイル」に書き込んだ。

冒険の意味を聞かれると「人跡未踏の地に行きたかった。死のリスクを抱えて、わざわざ、基本的に意味のない行為をやるのだけど、瞬間、瞬間、その行為に中に意味を感じている」「単独でやる、これは慣れだと思う。一人で山にいると不安でたかぶってはいるが怖いとは思わない」と話した。「どうも、将来が見えてくると、とにかく逃げ出す傾向がある。いまは見えてないので居心地がいい」ともいう。今年2月からカナダ北極圏の氷上徒歩旅行に出かける。「まあ、40歳ぐらいまではこの路線で、どこか行って本にまとめる、というのをやりたい」。


司会 日本記者クラブ企画委員 倉重篤郎(毎日新聞社)



集英社ホームページの開高健ノンフィクション賞のページ

http://www.shueisha.co.jp/shuppan4syo/22nen/outline01.html


角幡唯介さんのブログ

http://blog.goo.ne.jp/bazoooka


会見リポート

恐れを知らぬ冒険者

村野 坦 (元朝日新聞調査研究室長)

ヒマラヤの氷河は、いくつもの水流に分れ峡谷を落ちていく。なかでも中国チベット自治区のツァンポー峡谷は米国のグランドキャニオンをしのぐ世界一の規模とされる。だが険しい地勢に政治的事情が加わり、百年余り世界の探検家が踏査を究めきれない伝説的秘境となってきた。「空白の五マイル」は、その核心的部分だ。


学生時代から11年、ここに3度挑戦し09年12月、ほぼ空白を埋めるまでの記録が昨年の開高健ノンフィクション賞に。日焼けしたヒゲ男を想像していたら訪れたのはフードつきパーカーにジーンズ、大きなザックを背負った細身の35歳。生い立ちから受賞までの経緯を淡々と話した。


早大探検部に入って書店で手にした本でツァンポー峡谷のことを知る。仲間5人で98年、峡谷入り口までの偵察行。卒業後、朝日新聞社の入社試験に「なぜか」受かった。03年の入社前、単独で挑み空白の解明を進めた。記者として富山、熊谷で5年過ごすうち「どうしてもツァンポーに行きたくて」退社、再び一人で峡谷に向かう。


受賞作には、逆巻く激流を眼下に、屹立する岩壁をロープで登り降りし、やぶをこぐ命がけの行程が記される。なお空白を残しながら食料が尽き近くの村落に脱出するが、ここで警察に拘束された。峡谷一帯は未開放区で、外国人は許可なく立ち入れないためだ。結局、罰金500元で釈放されたが「独自の文化をもつチベットは中国共産党政府の不条理な支配下にあり、道義的責任は、ほとんど感じなかった」。


「冒険は生きることの意味を感じさせる。だが、ささやくだけ、答えまでは教えてくれない」。まだ恐れを知らない発展途上の冒険者なのだろう。


次は3月からカナダの北極圏へ3カ月の旅に出る。いまごろは氷原を踏みしめながら歩いているはずだ。


ゲスト / Guest

  • 角幡唯介 / Yuusuke KAKUHATA

    日本 / Japan

    ライター、探検家 / Writer

研究テーマ:著者と語る 『空白の5マイル』

前へ 2024年03月 次へ
25
26
27
28
29
2
3
4
5
9
10
11
12
16
17
20
23
24
30
31
1
2
3
4
5
6
ページのTOPへ