2010年03月30日 00:00 〜 00:00
春名幹男・『いわゆる「密約」問題に関する有識者委員会』委員

申し込み締め切り


会見リポート

密約の原点は原爆投下に

吉村 信亮 (中日・東京新聞出身)

非核三原則を掲げながら米核搭載艦の日本立ち寄りを黙認していたなどとする安保密約。この偽装外交に初めて公にメスを入れた外務省有識者委員会の委員、名古屋大学の春名幹男教授が古巣で内幕を語った。

委員会報告書は、密約を表に引き出し、日本政府の「ウソを含む不正直な説明」に非難を浴びせ、「民主主義の原則、国民外交の推進の観点から、あってはならない」ことと断罪した。被爆者は「政府はよくも騙し続けたな」と怒声を上げた。

共同通信時代に12年間のアメリカ駐在経験を持ち、日米関係の裏面史解明で2004年度日本記者クラブ賞を受け、いま学界に身を置くこの人は「報告書の最大の成果は300件余の秘密文書の公開」と、興奮を避けて、実証を重んじる学究の片鱗を覗かせる。そして、大量の文書読み込みに忙殺されながら、密約の真否を検分した経過を説明した。

その語り口の中で特徴的だったのは、密約外交を頭から「まずい」とは考えていないことである。米国側は「核の存在は確認も否定もせぬ」との極度の秘密主義の下、核搭載艦の日本寄港などは事前協議の対象外とし、日本側は国内の反核感情を恐れて「先方から事前協議の申し出がない以上、核持ち込みなし」と言い募った。この重大な食い違いに直面しても、問題を「深追いしない」との双方の「暗黙の了解」から密約が定着し、非核三原則は「持ち込ませず」が半減、二・五原則になってしまう。が、それで日本は「安保孤児化」を免れたというのである。

この主張と報告書の柱の「政府のウソ」糾弾との乖離が気になるが、春名氏は密約の原点としてヒロシマとナガサキを挙げて、話を結んだ。日本人があまりの惨事に核アレルギーを生じたのに対し、米国は「使える兵器」として核を重視することになった。この矛盾を繕うのが密約だったという歴史的考察である。
 

ゲスト / Guest

  • 春名幹男 / Mikio HARUNA

    日本 / Japan

    『いわゆる「密約」問題に関する有識者委員会』委員 / a committee of the 'Specialist committee concerning so-called "Secret agreement" problem'

前へ 2024年03月 次へ
25
26
27
28
29
2
3
4
5
9
10
11
12
16
17
20
23
24
30
31
1
2
3
4
5
6
ページのTOPへ