2009年05月29日 00:00 〜 00:00
辻井喬・作家・詩人

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会見リポート

日本文化に誇りを持ってこそ

尾崎真理子 (読売新聞文化部次長)

財界人である前にまず詩人として、社会、メディア、変わりゆく自分自身へ、懐疑の視線を向けてきた。その人が語る日本文化論は、戦後史の立役者から手渡されたいくつかの回顧談から始まった。

「軍隊を持たずに国を再建せよというアメリカ側の提案を受けた時、吉田茂は膝を打って喜んだ。これで復興が早まる、と」。縁続きだった白洲次郎、首相の息子で友人だった吉田健一の両氏が、辻井氏にそう語ったという。

長年、教えを受けた丸山真男は、「自立思考する大衆が戦後いっこうに育たなかったことに、深く絶望していた」とも明かした。そして池田勇人首相の「所得を倍増して皆で幸せになろうという、岸内閣からの政策転換ほど、民心をさらった例を私は知らない」。

第二次大戦の呼称、60年安保闘争の評価などの諸問題をあやふやにしたまま幕を開けた、日本の大衆消費社会。百貨店やリゾート施設を経営したセゾングループ元代表の辻井(堤清二)氏自身も、大きな役割を果たした。その時代の幅広い活躍は、読売新聞に連載された『叙情と闘争』にも詳しい。

だが、「地域、職場、労働組合等、国と個人をつないでいた共同体が消滅し、今ほど文化が衰弱した時代はかつてない」と憂える。共同体の消滅と同時に、思想と生活感覚のズレ、敗戦後続く伝統との断絶も、文化を後退させ、日本を不可思議な国にし続けている原因とみる。

「元々日本人は文化、芸術の能力が高いのだから、まず、その分野で誇りを持った上で、アメリカ、中国などへの理解をこちら側から深めるよう、努力が必要です」。その上で初めて「経済、軍備も生きてくる」と語る。

文化が衰弱したまま、世界同時不況という「長いトンネルを抜けると……」、「雪国」ならまだしも、「そこは異次元だった、となるかもしれません」。淡々と、しかし怖ろしい詩人の予言でしめくくった。

ゲスト / Guest

  • 辻井喬 / Takashi TSUJII

    日本 / Japan

    作家・詩人 / Writer/Poet

研究テーマ:総会記念講演『21 世紀における日本文化』

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