2007年05月24日 00:00 〜 00:00
塩野七生・作家

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会見リポート

ローマ人の知恵

諏訪 正人 (毎日新聞特別顧問)

塩野七生さんが1992年から書いてきた『ローマ人の物語』が昨年末、完結した。全15巻、400字詰め原稿用紙で1万枚強。万年筆5本を書きつぶしたという。

大著を書き上げて、塩野さんは当分机の前に座らないと宣言したが、1カ月であきて、また本を読み始めた。その1冊、英国の学者の書いた十字軍の歴史によると、神が望まれた戦争、つまり西欧の十字軍思想は18世紀に流行遅れになり、代わって「正しい戦争」が戦争の大義名分になったという。だから正しい戦争か、正しくない戦争かという分類の仕方はたかだかこの200年のものにすぎない。この「正しい戦争」観は十字軍思想の延長で、西欧人の意識のなかに脈々と息づいていると塩野さんは考える。

翻って古代ローマ。そこには正しい戦争とか正しくない戦争という概念は存在しなかった。おかげで塩野さんは、東京裁判や靖国神社問題を気にしないでもよかったが、そうもいかない。十字軍思想に無縁の日本人として何か言っておく必要があると塩野さんは言う。

カエサルは戦争しても、統治する必要上、なるべく敵兵を殺さずにすませた。ローマ人の知恵である。もし米国にローマ人の知恵のかけらでもあったら、イラクの悲惨な事態は避けられただろう。米国は十字軍思想と正しい戦争によりかかり、その先にあるローマを見ようとしなかった。

歴史の女神クリオは、9人の姉妹のうち一番内気で、いつも顔の半分を着衣で隠し、信頼できる相手にだけそっと顔を見せるという。どうもクリオは威張ってばかりいる米国にそっぽを向いていたらしい。ローマが見えないわけだ。

ゲスト / Guest

  • 塩野七生 / Nanami Shiono

    日本 / Japan

    作家 / Writer

研究テーマ:総会記念講演『ローマ人の物語』を書き終えて

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